9月は、娘2と 夫の 誕生日。
今年は、こんな感じ。

 夫へ: 一文字雅印

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 娘2へ: コンタクトレンズセット

2016-10-06-08-03-39


過ぎちゃったけど、7月には 母の誕生日。
これをあげました。


前に借りたはかりが 壊れちゃったことだし・・・


10月には、娘1と 息子の 誕生日。
正直、10月が一番 プレゼント選び ラクです!
近年、娘1と息子は、「ほしいもの」を 私に直接アピールしてるから。
多少前倒しになっても、「彼らのほしいもの」をゲットしてくるか、「彼らのほしいもののための費用を出す」をすれば 双方幸せです。

意外と気を使うのは、母や夫の誕プレ。
「こんなものがほしいなぁ」は ごくごくたまにしかつぶやかないし、私が想像して選ぶと、「いらね」って言われたり、かぶったり(すでに持ってる)・・・

プレゼントしたものは、必ず受け取ってくれる

---の前提は、我が家にはありません。
代わりにあるのは、 差し出されたプレゼントに対して 受取拒否できる雰囲気・・・ 


受取拒否したほうもされたほうも 互いにサラッと流せる雰囲気ができるまでの過程では、「いらね」の連発だと すべらないプレゼントが現金しか考えつかなくなるとか、10ン年前の母に至っては「現金しか要らないからね」と先制攻撃される・・・という、非常に冷めた空気になったことも(/TДT)/



でも、思い返すと、 「いらね」って受取拒否されるよりも辛いことも あるんです。
それは、相手に渡したものが、受け取ってはもらえたけど、未開封で放置されてたり、部屋の隅に無造作に投げてあるのを見つけた時・・・数年前の夫の場合なんだけど。
その時言葉で言われない分、 すべった直後のショックは小さいんだけど、 後から空虚感と「浪費してしまった感」が膨れ上がってくるのは、とてつもなく辛い!!!


母に「現金しか要らないよ」と言われるのと、夫に あげたものを未開封放置されたことを機に、「交わした言葉以外の行動のほうをよりしっかり見たり、独り言的なつぶやきこそ より真剣に聴く」に 日頃のコミュニケーション法を変えました。
以来、とても高価なものを「○○ほしいよ〜」とアピールしてくる子ども達には、「じゃ、それ 誕プレで ね」で、win-winになれます。
夫や母に対しては、【確実にプレゼントを受け取ってもらうために、どうするか?】の 戦略を練ることも しばしば。
そうすると、戦略を練ること自体が楽しくて、仮にプレゼントがすべっても(=受取拒否されても)、「あ、自分の作戦、失敗しちゃった(・ω<)」て思うだけで、受取拒否した相手に対して マイナスな気持ちを感じる度合いが 激減しました。 

ここ3〜4年は、プレゼント 自分がもらうよりも、 人にあげるほうが 楽しいんです。
(実は 自分、 家族から 目に見えるカタチのプレゼント もらってないからかもしれない)
もはや プレゼントを選ぶ→渡すの過程が、私の脳内では ちょっとしたRPG化してたりします。
そんなわけで 出費の多い秋を 地味に楽しんでいたりします。