通信制大学 スクーリングの、第2週が終わった直後に 母を襲った 今まで経験したことのない体調不良 。
私が 思わず「何かあったら 駆けつけられるように スタンバらなきゃ」と 感じたほどの 具合の悪さでした。
近所の人達からも 「お母さん、最近見かけないねぇ。何かあったの?」て 聞かれるし・・・

家族の中で 誰よりも 健康に関して口うるさい母を襲った 【 腰痛+悪心+食欲不振】。
7/2(スクーリング前日)、 母が ようやく少し外へ出られそうな気分になって 受診した救急病院では 「腎機能が落ちて 今おっしゃる愁訴が出てますね」 と言われました。

腎臓が 悪い

---そういえば、家族では 誰もこの診断を受けたことがないんです。
だから 「今までにない種の 体調不良」。
近所の救急病院には 腎臓系統の専門医がいなかったので、 母は 泌尿器科のある病院を 再度探すことになりました。

ちょうど、母が20ン年前に 子宮筋腫手術を受けた病院に 泌尿器科があったので、母は迷わず 次の受診先に そこを選択。
ただし 病棟を大幅に建て替え、かつ 隣町に移転していました。 
母は、「今日は 具合悪くなってから数えて 一番 体調がいいぞ」 と感じた7/9(金)、タクシーで 隣町の総合病院に向かいました。
すると その日のうちに 緊急入院!!!!
やっぱり 具合の悪さが 尋常でなかったんです・・・ 

最終診断: 腎盂腎炎
→ こんな病気です

母のは 急性なタイプだったんで、 気付かないままいると 死ぬ人もいるやつでした。
私の「ちょっとやばげ?感」は 当たってた。゜(´Д`)゜。

ナースさんからの説明では、最速で 入院1週間。
入院中は 常時点滴。
入院期間だって あくまで「最速の場合」で、実際は 尿検査をクリアしてからの 退院。


完全看護の病棟だったし、母の プライド みたいなのも あったんだろうなぁ、 母は 用がある時にだけ 私を電話で呼びつけたのみ。
子ども達が お見舞いに来ることは 嫌がりました。
実際は--- 私が 電話で母に呼ばれて 病室を訪れてみると・・・ 

個室だし、
病室ドアには 過度の面会はご遠慮ください と書いた札が下がってるし! 

私が 「母からの頼まれものを持ってきました」 とナースさんに話すと、市販されてない形の厳重そうなマスク(注) をさせられて、手指消毒して ようやく 病室入りができました。  
「ICU入りの一歩手前なくらい 具合悪いじゃん・・・」 と思いました。 

(注)片側にゴムが2本ついた こんなやつ。





母の 病院内おつかいをして 感じたことは、 
お母さん ナースさんと ケンカしないといいな・・・

気(マインド)が元気で、またそれが 痛々しいんです。
気しか 元気なトコがないから。
私 元気だから。
絶対 1週間で 退院するもん!
---て、小学生みたいなノリで 言うんです。 

最速コースで退院できれば すべてよし!なんだけど、もしも検査結果が思わしくなくて 入院が長引いたら、ナースさんと小競り合いとか しないだろうか・・・?
母の入院する病院からの帰り道は、こんなことを想って ハラハラしていました。
退院日が決まるまで ずっと ハラハラしていました。

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜ *・゜゚・*:.。..。.:*・゜ *・゜゚・*:.。..。.:*・゜

結局・・・

母は 最速見積もり以上で 退院することができました。
退院したさに すご~~~く がんばったのだと思います。

7/8 夕方 入院
7/14 昼 退院

1週間の入院だから、7/15に退院でも 十分に順調なのに、さらに一晩早く退院とか・・・

超高速

です ホント。

常勤勤めに行かず、近所の○○とかPTAとか極力避けまくって、身体やメンタルが疲労しないようにして過ごしてきた50年が こんなカタチで生きたかもしれません・・・